実行委員長の谷口さんのこと
ピクニックのブログを始める前に実行委員長の谷口さんをご紹介します。どんな風にクラフトピクニックについて考えているのでしょう。長野県朝日村にある谷口さんの工房まで来てみました。
朝日村の工房はは松本市のあがたの森から車で40分くらいの所、高原野菜の産地で緑豊かなところです。
谷口泉(木工家) ピクニック実行委員長
23歳の時、脱サラ後松本技術専門学校で木工を学ぶ
第1回クラフトフェアまつもとから出展者として参加
2003 クラフトピクニック実行委員長になる。
近況はブログ泉工房へ。
こんにちは。
谷口:こんにちは。(とスプーンを削りながら)
谷口さんはクラフトフェアの1回目から参加していたそうですが、どんなきっかけだったのですか?
谷:たしか、理事の小田さんに声をかけられたんだ。自分は木工を始めてまだ1年目でグレインノート(*1)によく入り浸っていたから。その辺りだと思う。当時小田さんは朝日村に住んでいたし、村内にクラフト体験館という施設もあるのでいろいろな木工家と交流があったしね。
それでは、クラフトピクニックに関わるきっかけは?
谷:ピクニックは2002年から始まったのだけど、理事の蒔田加代さんや羽柴さん、加生さん、中村さん達女性スタッフで始めたんだけど、俺は1回目は出展者として参加。その時にアンケートがあってそこにいろいろ書いて、それがきっかけで翌年の実行委員長になってた。
その頃、フェアは出展者も増えて選考が始まったし、集客が上がって「モノを売る」事が大きくなって、出展者や来場者の交流が減った。ピクニックはフェアでやり残したことができるだろうと思う。初期のフェアを知っている人にはピクニックが昔のフェアみたいだってよく言われる。選考が必要になる前の、のんびりした雰囲気が今のピクニックにはあると思う。
フェアはただのモノをつくる人の集まりで、つくり手と使い手という意識、モノを大切にする姿勢、消費して行くばかりのモノづくりに抗う気持ちではじまったんだと思う。最初はヒッピーみたいな人がいたり、テントも持ってないから雨のときにはブルーシートを広げたんだ。そのブルーをテーマカラーにしようと三谷さんが言っていたんだよね。だから今でもフェアのカラーは水色でしょう。

スカイブルーの青なのかと思っていましたが・・・ブルーシートの色だったんですね。(笑)
谷:ほんとその頃はみんなヒゲはやして変な格好しているのも多くてね、でも時代もあるかな。
ピクニックに出展する人たちに期待することは?
谷:今、言ったように売ることだけを主眼では来て欲しくないというのがあるね。それから、ワークショップや実演を工夫して欲しい、普段やっている仕事がやっぱり面白いと思う。一日刃物研ぎをしているだけでも良いから、その姿から来場者や出展者同士が感じることがあると思う。
自分にとってモノをつくることは自分を再発見してゆくこと。始めた頃はつくる楽しさ優先だったけど、今は拡がりのある視野で、一つ一つより真剣にモノをつくるようになった。それは祈りに近く、つくっているとありがたいという気持ちになる。仕事自体は身体的には苦しみもあるけれど、だんだんと喜びに変わって、癒されてゆく。それがものをつくることだと思う。
今年のクラフトピクニックに出展・来場者とも多くの方が参加されると良いですね。ありがとうございました。
*1【グレインノート】松本市中町にあるクラフトショップ。現在は理事の指田夫妻が店主だが、当初は指田さん、三谷さん、羽柴さん、、横山さん、など複数の木工家たちが経営していた。
朝日村の工房はは松本市のあがたの森から車で40分くらいの所、高原野菜の産地で緑豊かなところです。谷口泉(木工家) ピクニック実行委員長
23歳の時、脱サラ後松本技術専門学校で木工を学ぶ
第1回クラフトフェアまつもとから出展者として参加
2003 クラフトピクニック実行委員長になる。
近況はブログ泉工房へ。
こんにちは。
谷口:こんにちは。(とスプーンを削りながら)
谷口さんはクラフトフェアの1回目から参加していたそうですが、どんなきっかけだったのですか?谷:たしか、理事の小田さんに声をかけられたんだ。自分は木工を始めてまだ1年目でグレインノート(*1)によく入り浸っていたから。その辺りだと思う。当時小田さんは朝日村に住んでいたし、村内にクラフト体験館という施設もあるのでいろいろな木工家と交流があったしね。
それでは、クラフトピクニックに関わるきっかけは?
谷:ピクニックは2002年から始まったのだけど、理事の蒔田加代さんや羽柴さん、加生さん、中村さん達女性スタッフで始めたんだけど、俺は1回目は出展者として参加。その時にアンケートがあってそこにいろいろ書いて、それがきっかけで翌年の実行委員長になってた。
その頃、フェアは出展者も増えて選考が始まったし、集客が上がって「モノを売る」事が大きくなって、出展者や来場者の交流が減った。ピクニックはフェアでやり残したことができるだろうと思う。初期のフェアを知っている人にはピクニックが昔のフェアみたいだってよく言われる。選考が必要になる前の、のんびりした雰囲気が今のピクニックにはあると思う。
フェアはただのモノをつくる人の集まりで、つくり手と使い手という意識、モノを大切にする姿勢、消費して行くばかりのモノづくりに抗う気持ちではじまったんだと思う。最初はヒッピーみたいな人がいたり、テントも持ってないから雨のときにはブルーシートを広げたんだ。そのブルーをテーマカラーにしようと三谷さんが言っていたんだよね。だから今でもフェアのカラーは水色でしょう。

スカイブルーの青なのかと思っていましたが・・・ブルーシートの色だったんですね。(笑)
谷:ほんとその頃はみんなヒゲはやして変な格好しているのも多くてね、でも時代もあるかな。
ピクニックに出展する人たちに期待することは?
谷:今、言ったように売ることだけを主眼では来て欲しくないというのがあるね。それから、ワークショップや実演を工夫して欲しい、普段やっている仕事がやっぱり面白いと思う。一日刃物研ぎをしているだけでも良いから、その姿から来場者や出展者同士が感じることがあると思う。
自分にとってモノをつくることは自分を再発見してゆくこと。始めた頃はつくる楽しさ優先だったけど、今は拡がりのある視野で、一つ一つより真剣にモノをつくるようになった。それは祈りに近く、つくっているとありがたいという気持ちになる。仕事自体は身体的には苦しみもあるけれど、だんだんと喜びに変わって、癒されてゆく。それがものをつくることだと思う。今年のクラフトピクニックに出展・来場者とも多くの方が参加されると良いですね。ありがとうございました。
*1【グレインノート】松本市中町にあるクラフトショップ。現在は理事の指田夫妻が店主だが、当初は指田さん、三谷さん、羽柴さん、、横山さん、など複数の木工家たちが経営していた。
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